ちょっと前からまことしやかに囁かれ始め、Twitterを中心に大きなムーブメントになった国会提出法案がある。
5/10にはTwitter上で「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグがトレンド入り。注目を集めた。
各界隈の著名人を口をそろえて同じ文言を言い始めた。トレンドにもなり影響力がある人も多く発信していたため、見かけた人も多いかもしれない。
ところで、件の「検察庁法改正案」というものを検索してもヒットしない。
検索結果として検察庁法改正案がヒドい理由や癒着なんかを解説しているサイトはたくさん出てくるのだけども、探れどその発端となった改正案にたどり着かない。そもそもその改正案が本当なのかすら怪しくなってきた。
というわけで国会の記録を見る事に。
国会に出された法案などは内閣官房の公式サイトにすべて記録され、確認する事が出来る。つまり、何の改編もされていない情報元からの情報提供がなされているのだ。
第201回通常国会*1の中にそれはあった。
正しくは「国家公務員法等の一部を改正する法律案」という名称で、その対象に検察庁も含むというものだった。
百聞は一見に如かず。興味があったら見てみてほしい。ただし、集中力と時間に余裕があるときをおすすめする。
僕はどちらの肩も持つ気は無い。
というと卑怯に思える話だが、「無支持」が今回の僕の意見だ。
まず、そもそも僕はまだ今回の改正案を完全には理解できていない。今読んでいるが、国会議員って連日これを組み立てたり理解したりしてるのね…やっぱり頭が良いのね…。という感想。
これを読んでしっかりと理解してSNS上で「私は支持します!」とか「反対です!」とか意見が出来るフィールドへ進めたこと自体、凄いと思う。
衆議院のサイトでも同様に提出法案の確認ができ、かつ進捗も分かる。
僕の感想としては2つ。
まず、先にも書いたように、これを読んで何かしらのオピニオンを以て発信出来る事自体が凄い事だなと感じている。よしんば読み解いたとしても、自分はしっかりと「こう思う」と言える自信が無い。
もう一つ、なぜこの改正案だけ槍玉に上がったのか全く謎だ。そんなに何か刺さったのか、誰かが唆したのか。そうなってくるとメディアで発言力がある人の意見の影響の大きさを感じる。そういう方々に「タピオカおいしー」ってツイートさせればタピオカが売れるもんな。
もちろん、「今それを話す?」という点は賛成する。それこそ不要不急ってやつかもしれない。
しかし国会は別に10人程度で話し合うような社内ミーティングではないので、いくつもの議題を並行処理が出来る。あれだけの人数が居るのだ。というかあれだけの人数が居るにも拘らず通常の議題が停止してしまったらそれこそマズい。政治が止まるのはマズいのだ。
多くの国民としては国会はブラックボックスに近い存在なので(実際は中継もあるし議事録もあるのでオープンなんだけど)、給付金や補助なんかのテンポ感が悪いと感じている中で他の法案の話が見え隠れしてしまうと、どうしても疑念が浮かんできてしまうフシはある。それはとても分かる。
それよりも僕が今回の一連のムーブメントの中で感じたことがあって。
それが今回の主題でありタイトルにもした、「なぜ政治的な発言をするとバッシングを受けるのか」という点。最終的にここに行き着いた。
著名人の中でも特にきゃりーぱみゅぱみゅ氏のツイートは話題を呼び、様々な意見が飛び交った。なお、現在は当該ツイートは削除されている。
その中で賛否は置いといて、気になったのが「歌手だから知らないかもしれないけど、~~」とか「きゃりーぱみゅぱみゅには言ってほしくなかった」等のコメント。
ああ、と思った。僕の中で繋がった。
海外では著名人も積極的に政治に意見したり「私はこの政党を支持します!」とかもあっけらかんとツイートしたり宣言したりする人が多い。
日本じゃ中々見かけないなぁと感じつつも、じゃあ"なぜ日本ではあまり見かけないのか"の理由はあまり考えたことが無かった。
最初は「日本人だからうやむやにしたいのかな」とか思ってたけど、今回の件を見て何となく分かってきた。
まず、発言影響力がある人がすべからく政治的発言をしないのかというと、もちろんそうではない。
ご意見番と呼ばれるような人やジャーナリストはどんどん意見をしている。そして、その発言自体に賛否は両論あれど、「そんな発言をするなんて」という意見は見られない。
しかし、アーティストや芸能関係、お笑い、飲食関係…こういったような異業種というか本来政治と遠い所に存在していそうな方々が意見を出すと荒れる。大いに荒れる。
どうやらここにポイントがありそうだ。
日本の著名人を見る時には、無意識で「こうあってほしい」という自分の中のその人の理想像のフィルターを勝手に作ってしまっているのかもしれない。
それは裏返せば「この人はこんな事はしないだろう」とかそういうイメージにつながる。「この人は優しい人だ」とか「この人はタバコは吸わないだろう」とか。勝手なイメージを形成する。
そしてそれが裏切られたとき、勝手に失望してバッシングをするのである。
「んだよ、アイドルなのにタバコ吸うのかよ」とか。もちろん社会的・人道的にNGな事ならば然るべきとして、勝手にイメージを作って勝手に失望する人も多い。
ある種の偶像崇拝的でもあり、海外では数少ない"アイドル"が日本で多く生まれた一つの由縁でもあるだろう。そこに自分の理想像――輝く星のような姿を見出すのだ。
それは発信者サイドも同様で、「こう見てほしい」というプロデュースを仕掛けるようになる。それがニーズだから。
それにより、ますます理想像のフィルターが強まる。その理想像ですらも商品価値となるのだ。そうなってくるとヘタな事は言えない。
よって、音楽関係の人やお笑いの人等が政治に口を出すととやかく言われたりしがちなのである。特に普段そういう発言を一切していなかったとなると、なおさらだ。
ましてやきゃりーぱみゅぱみゅ氏ならばアイドル的な崇拝もあるだろう。だからこそバッシングを受ける結果となってしまった。
でもアーティストやタレントなんて変わった人が多いし、「何らかの意見」を持っている方ばかりだと思う。もっとどんどん自分を発信すればいいのにとは思っちゃう。
もちろん、無駄に否定的になったり攻撃的になったりする必要は無いし、意見を持つことが必ずしも優れているとも限らない。
要するに、勝手に作ったフィルターがぶち壊されるから反射的にバッシングをしたくなるんだと解釈している。そのフィルターは受け手が作ったものである時が多いけど、作り手(プロデューサー)なんかが恣意的に作り上げているときもある。
普段からそういった政治的な発言をしている人ならば問題無いんだろうけど、急にそういった界隈に首を突っ込む事によってその意外性から意図せぬレスポンスをいただいてしまうのだ。
また、政治に関して言うならば、発言したのが頭の回転が良くなさそうな人であればあるほど何か言われる率は高くなるとも思っている。「思ってたのと違う…」というギャップを生むし。
そういう点ではまだまだアーティストやタレントには「殻」があるなぁと思う。
しかしその殻を作ったのは誰なのか。根深そうな問題である。
*1:2020年1月20日に召集。会期は150日間。