先日公開しました僕の新作「紫蘭ヶ丘」。
お聞きいただけましたでしょうか?まだの人はさっそくこちらのリンクより。
この記事では「紫蘭ヶ丘」について色んな面から解説していきます。いわゆるセルフライナーノーツ。
ネタバレではないけど、そういうのが嫌な人は読まない方が良いかも、と注意書きをしておきます。
①バックグラウンド
この曲は某駅にて実際に風景をスケッチした楽曲。
僕の作曲手法として"風景をそのまま音に落とし込む"のが主流でして、この曲も駅でスケッチする事で作ってる。
行き交う人、過ぎる電車、空気感…そういうものを全部音に変えて楽曲に配置する、って感じ。
聴こえた音を絶対音感で把握していくんじゃなくて、それぞれの役割をギターやピアノに与えていく。例えばギターで風を表現したり。時には雨音だったり。そういうイメージ。
ちなみに作成時の仮タイトルは駅名そのままだったものの、色々考えて実在しない駅名(紫蘭ヶ丘)へと変えた。その方が考えや解釈も固定されないかな、と。
ライナーノーツそのものと矛盾するようだけど、あんまり楽曲の解釈を固定したくなくて。それは各々にお任せするとして、ただ、「こういう解釈もあるよ」的なのを届けようと思ってる。
②使用音色について
ギター
基本的にコードを弾いてるんだけど、節々重要な要素を持たせたりしてます。
細かいカッティングでは淡々と流れる時間を、単音のアルペジオは回想のようなイメージで。
ピアノ
こちらも基本的にコードを弾いてるだけ。ピアノは本職だから何とでもアレンジできるし、後回しにしがち。先に他の楽器に要素を持たせて、残ったスキマにピアノを敷いていくような。
ところどころに入れた高音域のフレーズが良い味を出してくれてる。と思ってる。
ピアノは音域が広く、上から下まで全部出しちゃうと主張がすごい。なので、ある程度最初に役割を絞ると使いやすい。
ストリングス
この曲のノスタルジックさだったり悲しさだったりの演出に一番貢献している楽器。
エア感の少ない弦楽器音をチョイスすることで、物悲しいような雰囲気に。弦楽器の人数が多い楽器のシミュレーションを選択したり、ストリングスの音数を増やしちゃうとゴージャスになりすぎちゃうので、ほどほどに。こういう曲ならバイオリンとヴィオラを合わせて4人くらいでも十分。
ブラス/ホーン
アルトサックスとトランペットをちょっと隠し味程度に。もっと目立たせても良いパートではあるけども、ストリングスを目立たせたかったので。
出だしの音だけパリッとさせて、あとは余韻を残させないくらいのレベルに抑えました。「ああ、そういえばあいつ居たな…」くらいの存在感に。
エレピ/アコーディオン
エレピはイントロやアウトロでのリードフレーズに。歌謡曲みたいなフレーズにしました。アコーディオンはソロにちょっとしたアクセントとして。
ベース
ベースもまた旨味のあるフレーズを多めに。全体的にある"憂い"感をまとめてるのがベース。コード進行をあえて崩したりするのもベースが担ってる。
プレイとしては淡々と刻んでるだけに見せかけて、おそらく実際に再現するのはどのパートよりも難しいと思われる。
ドラム
ドラムを作るときのモットーとして、「再現可能である」という事は僕の中で大事。
土台は8ビートだけど、節々のフレーズに僕らしさを散らしつつ。ドラマー目線で見ても面白い仕上がりになってるんじゃないかなと思ってる。
2番のAメロはボサノバのようなリズムフレーズ。後半でちょっと迫ってくるような感じを出しました。実は後半でバスドラムが倍に増えただけなんだけど、これだけでガラリと表情が変えられる。
③歌詞について
紫蘭。花言葉は「美しい姿」。その花の形や佇まいから想起された花言葉。
他にも「あなたを忘れない」「変わらぬ愛」という花言葉もあったり。
そんな紫蘭の名を冠した駅での物語。
曲の雰囲気も歌詞もどこか後ろ向きというか"陰"を感じる。主人公は大事な人が離れていってしまった現実から立ち直っていない人、というイメージはすぐに連想できるはず。
基本的には歌詞にそれ以上の意味は込めず、サラリと聴けるような言葉選びもした。
いわゆる"ベタなワード"が多い。「離れないで」とか「このままでいて」とか。
ちなみにこの楽曲の声はボカロなのだけども、男声にしたのには僕的な意図もあって。
未練がましい曲は男の声で歌った方が味が出ると思ってる。ある種の"情けなさ"も出しやすいし、クヨクヨ感の演出もしやすい。
逆に僕が女声を選ぶならば、もう振り切っちゃったような力強さを演出したい。「全然気にしてないんだけど?」みたいな。それが表面上の強がりだとしても、そういうキャラクターの方が僕は扱いやすい。
というわけで、この曲は未練に後ろ髪をひかれる人の曲となっております。
この未練がいくら振り切れないモノであろうと、きっと無理やりにでも前に進まないといけない。飲み込まなければならない。
それはあまりにも酷な話ではあるけども、「分かってるけど分かりたくない、分かってるのに分かりたくない、それでも分からざるを得ない」という。
でも、人生に於いて誰しもそういう「分かりたくないけど、それを飲み込んだ」という経験はしていると思う。それは僕の前を素知らぬ顔をして通り過ぎる他人達だって実は同様で、人には言えないような心の傷を隠しているかもしれない。
それぞれがそれぞれの事情を持ちつつも、でも何とか日々を過ごしている。喪失感だったり、未練だったり、やりきれない思いだったり、ぶつけようのない感情だったり。色んな物を抱えて、人々は行く。そんな人々を乗せて、電車は変わらずに走る。
そんな折に見つけた小さな花。この花は実は紫蘭じゃない(もしも実際に紫蘭が咲いてたとしたら結構目立つので「いや最初から気付けよ」ってなる)んだけど、特に花の種類について特定はしていません。なのであえて映像にもどのシーンにも花は載せず。
僕としては雑草みたいにアスファルトにモシャモシャしてるような小さな花のイメージで、これが日常のほんの小さな幸せの比喩です。「当たり前」という言葉に埋もれてしまいそうな、「日常」の電車が通り過ぎてゆく中、存在が霞んでいた小さな幸せに気付いた。
これによってストーリー的にハッピーエンドに向かうのだけど、ある意味では「こういう小さな幸せに生かされていくしかない」という現実でもあるわけで。
幸せって自分の手が届くような身近で、なおかつ手頃な物が良いのかな、とか。
そういう小さな幸せに気付けることこそが、実は幸せそのものなのかもしれないしね。
④使用機材
DAWソフト
ProTools12 / AVID
音源プラグイン
■Vocal…VOCALOID 5 / YAMAHA
歌うのは苦手なのでボカロを使用。最新版のライブラリーより、"Ken"をチョイス。
まずプリセットのスタイルをいくつか聴いてみて近いのを選んだのち、言い回しやしゃくり等はサラサラっといじってます。
■Guitar…ELECTRI6ITY / VIR2
容量食うし重いけども、そこそこ良いカッティングの音を出してくれるソフトウェアです。
ストラトギターのモデリングを使用。
■Bass…MODO BASS / IK Multimedia
こちらも割とリアリティのある音を出してくれる。実際にある機器のモデリングなんだけど、魔改造も出来て面白い。
シミュレートとしては、5弦ミュージックマンの指弾き。
■Drums…BFD3 / FXPansion
実在するドラムメーカーでキットを組める。音もそこそこリアルと言える。
ドラムキットはDWを中心にスネアはTAMAのブラスシェル、シンバルはジルジャンのモデリング。
■Strings…BRITISH DRAMA TOOLKIT / SPITFIRE AUDIO
SPITFIRE AUDIOの新ソフトウェア「BRITISH DRAM TOOLKIT」。
弦のこすれるノイズが良い感じで、少人数のチャンバーな編成に向いてるような印象。
今回はバイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1の4パート分を使用。
■Others…SWING MORE! / PROJECT SAM
ジャズ系の楽器が一通り揃うソフトウェア。今回はアルトサックスとトランペットを使用。
そこまで動作は重くないものの、しっかりと奏法を選べる。
■Others…NEXUS 2 / reFX
ダンスサウンド特化型シンセが豊富なソフトウェア(だと勝手に思ってる)。
なんとピアノとエレピを使用。ちょっと邪道な使い方…。
■Others…Xpand!2 / air
ProToolsを導入したときにデフォルトで入ってる音源。しかし楽器によっては侮れないし、割と幅広く楽器が収録されているので、僕はたびたびお世話になっている。
今回はアコーディオンを使用。ソロで急に出てきたアレね。
Mixプラグイン
■Waves
H-EQやR-Compを中心に、色々使ってます。
ビンテージ系はあんまり使ってないけど、ドラムトラックをまとめるときにちょっとアナログ系のコンプでまとめてみたり。
⑤楽曲アレンジについて
全体的に"橋本ねこ"らしさをふんだんに盛り込んでる。
Ⅳ⇒Ⅲmの進行ではⅢにしている所が多いし、7thも多用。使い過ぎるとくどいので、要所要所に。
イントロや間奏で見られる連続したコードチェンジは、ベースの下りのラインとリードフレーズの上りを両立したフレーズ。響きから作ったんだけど、あえてコードネームにするならば「 B/G# ⇒ B♭m7/G ⇒ Aadd9/F# 」となる。
dimや半音ずらしたキメも多く、昭和系サスペンスの香りはこの辺から感じられる物だと思われる。
⑥アナザーストーリー
※ひとつの解釈としてお楽しみください。
紫蘭を持ってきた。あいつが好きな花だった。
今日は既にいくつか花が供えられていて、その中に紫蘭を置いた。
僕の家からは遠回りになる駅だが、毎日この駅から電車に乗る。
電車が通るたびに、その風で花はユラユラと揺れる。
もう二度とあの笑顔も見れないし、
もう二度と触れる事だって許されない。
目が無くなるほどクシャっと笑う、あの顔が好きだった。
キラキラと輝く思い出たちは、それ以上増える事は無い。
実際、この駅に来たところで何かが変わるわけではない。
そんなことは、分かっている。
――けど。
気が付けばまた無意識でこの駅に来てしまった。
僕はまた、紫蘭を置こうとした。
ふと、すぐ脇に小さな花が見えた。今まで全然気が付かなかった。
決して派手な花ではないけども、まるであいつの笑顔みたいに明るく咲き誇っていた。
なんだか可笑しくなって、クスっと笑ってしまった。
そういえば、久しぶりに笑ったかもしれない。
…というアナザーストーリーがあるので、本来のタイトルは実在する駅名だったのだけども敢えてそれを伏せたのです。
あんまりそういう題材に実在のスポットを使いたくなかったので…。
"こういう解釈もありますよ"って感じのものでして、別にこちらが正解とかでは無いです。何通りか読めるような含みもあるし、読み手に照らし合わせやすいようにもしてあるし、それぞれの感じたままの解釈で良いと思う。そんな中の一つとして。