カルパッチョ。好きですか?
そもそものカルパッチョは、どうやら牛肉を使ったものらしい。へぇー。
生の牛肉に色々とかけたり乗せたりして食べる料理があり、当時実在した画家のカルパッチョさんから名前を取ったらしい。
本人がこの料理を大好きだったという説と、彼の書く絵の色合いと料理の色合いが似ていたからという説がある。どっちかというと後者の方が説得力のある文献も存在する。
しかし日本のカルパッチョと言えば海鮮。
どこでどうなってしまったのか。
イタリアの食文化
イタリアでは魚を生で食べるような習慣が無い。魚介類を食べる文化はあるが、生で頂く事は少なくとも当時は無かったはず。
そんなさなか、カルパッチョは生まれた。1950年のことである。
療法の一環として焼いた肉を食べる事が禁じられた伯爵夫人に、気を利かせてシェフが作ったのがカルパッチョの始まり。
生の牛ヒレを薄切りにし、レモンで酸味を効かせたマヨネーズベースのソースをあしらった一皿。牛ヒレはあっさりとした赤身肉で、ソースと絶妙なバランスで大層お気に召したそうな。
その料理は"カルパッチョ"として浸透していく事となる。
生の肉を食べる文化は少なくとも当時のヴェネツィアでは一般的では無かったと記憶している。
ただし、お肉は大好きだったイタリア人。この斬新な調理法と味がウケた。
カルパッチョはイタリア国内全体へ広がっていき、それぞれの土地ごとのアレンジがなされるようになった。いわゆる"ご当地"カルパッチョである。
上に乗せる具材はその土地ごとの素材を使ったものになったり。ソースにも手を加えたり。チーズを乗せたり香草を乗せたり。
イタリアの肉、日本の肉
日本の肉と欧米の肉は大きく違う。
拘るポイントと食性によるもので、日本はサシの多い牛肉が至高となる。欧米はしっかりと肉感のある赤身肉が人気。
かといって、どちらが優れているのかは一概には比べられない。
日本の和牛のサシは甘みや旨味が存分に感じられ、口の中でとろけるような感覚がある。大トロがありがたがられるのも頷ける。
欧米の牛肉の赤身部分の旨味はかなり強い。赤身の臭みを消すための工夫も随分と研究されている。それぞれ重視しているポイントが違うのである。
よって、欧米のステーキ1ポンド*1と日本のステーキ1ポンドでは感覚が違う。
さて。程なくしてカルパッチョは日本にもやってきた。
最初は日本でももちろん牛肉で作っていたカルパッチョ。今はよほどトラディショナルなイタリアンをやっている店でないとお目に掛かれないのかもしれない。
もっとも、現在は牛の生食はNGなので、公の場で見掛ける事は叶わないかもしれない。
なぜ日本のカルパッチョは魚介の刺身に変わってしまったのか。
それは単純に日本人の食性に合わなかったからではないかと想像する。
生肉→海鮮の切り身へ
生肉を使っていたカルパッチョを刺身でアレンジしたのは、あのイタリアンの巨匠落合シェフだと言われている。
彼のイタリアンレストランでもカルパッチョを出していたが、さらさら人気が無く困っていたそうな。
とある日、良い鯛を仕入れた時に閃いた。さっそく鯛の切り身をカルパッチョ風にアレンジし、同じ店のイタリア人シェフに食べさせてみた。
まぁもちろんイタリア人シェフは生魚を食べなれてないのでビミョーなリアクションだったそうだが、そのまま押し切って出してみたらそれが大当たり。日本にもカルパッチョが浸透し始める事となる。
生の牛肉を扱うよりも、刺身を用いればより容易である。
元々刺身は食べていた日本人だから、抵抗なく受け入れる事が出来た。瞬く間に刺身の新たな調理法として広がりを見せた。新しい食に飛びつくのはどこでも同じである。こちらもそれぞれのアレンジが進んでいった。
そして何より、海鮮はレパートリーが豊富である。
サーモンのカルパッチョ、マグロのカルパッチョ、ホタテのカルパッチョ、真鯛、タコ、イカ…数種類を用いる事だって出来るし、彩りも赤一色ではない。
言うなればカツオのたたきのイタリアンアレンジ。オリーブオイルで仕立てて、上に薬味を添える――それだけで和食がイタリアンに変わる。
手軽で新しいカルパッチョは広まり、今なお知名度の高い人気の料理である。
そして、逆輸入
現在ではSUSHIブームも手伝い、海外でも魚介類の生食がかなり一般化してきている。
そこで、日本で独自のアレンジがなされたカルパッチョもイタリア本国にて注目される運びとなった。
イタリアでは軽く燻製にしたり焙ったりする事もあるようだが、完全に生で食べるタイプの魚介のカルパッチョもある。
イタリアでもそれをカルパッチョとして受け入れる柔軟さ。
例えばフランスでは(フランスに限らないけど、フランスが一番重んじる。)生産された土地や用いる素材が異なるとその料理名を名乗れない事が多い。マヨネーズやコニャックなどなど。日本のプラスチックボトルのワインはワインだと認めたくないようだし、市販のチョコレートもどうもグレーらしい。
もちろんそれは意地悪がしたいわけではなく、元々の伝統を守りたいだけ。それもそれだし、このカルパッチョの事例も良いと思う。
更なるアレンジを求めて
現代ではお店ごとの違いも楽しめる料理として浸透しているカルパッチョ。
海鮮料理をメニューに置いている多くの居酒屋で見かける事が出来る。
名古屋市中区金山にある金山小町内の「ルネサンス酒場 髭bon 金山小町店」でもカルパッチョのニューウェーブを感じる事が出来る。
その名も「鮮魚の中華カルパッチョ」990円。
ほほう、ついに中華にまで進出したか、カルパッチョ。
盛り付けられたのはブリ、ホタテ、サーモン、タコ。
中華風という事で、ごま油と酢が効いた香りがする。確かに中華風。上に散らされたネギ、かいわれ、糸唐辛子が食感違いの良いアクセント。
切り身は大ぶりで、しっかりとしたもの。鮮度も良く、旨味も脂乗りも申し分ない。甘辛く、そして少し酸っぱいソースが意外にもピッタリ合う。
カルパッチョの伝統性も大事ではあるが、柔軟性も大事な要素である。
ラーメンのように柔軟で応用の利く料理はそれぞれの土地で独自の進化を遂げながら愛される料理となる。
このカルパッチョに於いても、イタリアンから和風・和製イタリアンへと姿を変え、今度は中華になっている様子も見る事が出来た。
様々な可能性が見出せそうなカルパッチョ。まだまだ色々なカルパッチョに出会うことが出来るかもしれない。
*1:約450gとして扱われる。厳密には453.59g