先日、キーマカレーを作った。
なんかカレーって定期的に作りたくなる。
まぁ「定期的に」とは言ったものの、実際は別に定期など存在しない。不定期だ。
だいたい4ヶ月に1回くらいのペースで「カレーを作りたいな」という欲に苛まれる。
なお、ここでのカレーを作るというのは市販のルゥから作るのではなく、カレー粉やスパイスから作ることを指す。
カレー粉はS&Bの赤缶。ずっと愛用している。
ターメリック(ウコン)、コリアンダー(パクチーの種)、クミン、胡椒、フェネグリーク等をミックスしたスパイスで、これだけでカレーの味が決まる。
仕上げに振りかければ何でもカレー味に出来るし、マヨネーズと混ぜれば万能カレーマヨ。
僕はこの赤缶のカレー粉にプラスしていくつかのパウダースパイスを混ぜたものを使う。さらに最初にホールスパイスを油で熱して香りを移すなどする。
赤缶のカレー粉だけでも十分芳醇だが、さらにスパイスを組み合わせることで自分好みの味になる。
ゆくゆくはこのカレー粉も自分で配合したいのだが、それは泥沼過ぎてまだノータッチ。
キーマカレーと再現性
今回作ったキーマカレーは北インドのカレー。
北インドは肉を使ったコッテリ系、南インドはサラッとしたカレーを好む。これは北インドが寒く南インドが暑いという気候によるところが大きいとみられる。
使う食材について
出来る限り現地の風土や地域性に沿ったレシピにしようと思っている。さすがに手に入りにくい食材は代用するけど。
例えば牛豚合い挽きだけではなく鶏ひき肉も使ったり。現地では牛肉・豚肉それぞれを禁忌とする宗派があるため、羊肉や鶏肉を用いることが多い。
マスタードシードやカレーリーフを使うレシピもあるのだけど、ちょっと北インドらしくないなと思って使わなかったり。
逆にカスリメティは北インドのカレーによく使われるので使いたかったが、入手難度が高いため使わなかった。
とはいえ、矛盾してしまうが「別においしいなら何を入れてもいいじゃん」とも思ってもいる。
寿司にアボカドとマヨネーズがかかっていても、おいしくてその需要があり成り立っているならアリなのだ。特に「おいしい」「需要がある」という2点は見逃せない。
「てやんでぇ、ンなモン、江戸前の握りじゃあ認めないね!」って言っても、もう寿司は日本を離れ、よその土地でも芽吹いているものなのだ。言うのは自由で、もちろんそうやって保守してこそ地元の伝統文化は不変的に守られるものだが、時代の変化とともにある程度の革新もしなければ時代遅れの遺物となり果ててしまう。
例えば「赤酢(赤シャリ)こそ江戸前」と思うのは自由だが、これはかつて普通のお酢の廉価代用品として赤酢が入手しやすかったことに由来する。別に「おいしいからこうなった」のでは無い。まぁ通常のお酢と比べて味の特徴は付くので、よりトラディショナルにはなるが。
しかし、だからと言って「赤酢じゃなければ江戸前ではないのか」と言われれば答えはNOである。
しかし、「赤酢を使う」という行為そのものが廃れると江戸前寿司の本流が変わってしまうことになる。将来的に日本人が赤酢が嫌いになってしまえば、身近で食べられる江戸前寿司は赤酢ではなくなるだろう。そして現に一定数の江戸前寿司店で赤酢ではないことを考えると、やはり現代にはあまりマッチしていないのだろう。
なので、頑なに「これはこういうものだから」と脊髄反射的に守り過ぎてもいけない。かといって原作にリスペクトが感じられないくらい改竄するのも良くない。
技法について
基本的に僕は結構手間暇をかけたレシピを紹介することが多い。
やれ下茹でをするだの、一度鍋から取り出すだの。果ては「このまま一晩置く」だの。なんだよ、今日食べれないのかよ、と。
しかしそれぞれの技法には意味があり、凝ると味わいが大きく変わるものばかり。
ただ、そこまで変わんないかな、代用が利きそうだな、というものはちょっと端折ったりもする。コンソメを一から家庭用設備で取る気は無いし、豚骨ラーメンを作る気も無い。いや、でもそれはそれで面白そうだけど。
まぁ「どこに焦点を当てて凝りたいか」による、という。
カレーに焦点を当てていなければカレールゥで良いし、もっとスパイスに焦点を当てるならば自分で配合するだろうし。
というわけで、僕の造る料理は「めちゃ楽☆簡単レシピ」という感じではない。どっちかと言えば手間がかかる、時間がかかるレシピばかりだ。
定期的なカレー作成欲求
今回はキーマカレーを作った。
前回は2023年10月にバターチキンカレーを作った。
確かに丁度4ヶ月くらいだ。また夏が近づいてきたらカレーを作るのかもしれない。