王様と名が付けば、それは往々にして最上級を意味する。
キングサーモンは最大級の鮭だし、ダイオウイカは6.5mもの体長を誇るし、キングサイズのベッドはとにかくでかい。
そう、王様はその国のトップ。そしてその上は存在しない。
つまり王様のシードルはシードルの中の最上級、という解釈になる。
大丈夫だろうか。このハードル、越えられるだろうか。
「王様のシードル」について
何はともあれ、まずはシードルについてを説明せねばならない。
シードルとは
シードルは簡単に言えば林檎(及び林檎に近い果実)を用いたアルコール飲料である。林檎のワインと言えば分かりやすいかも。
発酵・塾生の工程では自然に炭酸ガスが発生する。密閉して炭酸ガスを逃さずに製造すればスパークリングなシードルとなる。
シードル(cidre)はフランス語である。
英語圏ではサイダー(cider)である。えっ?お酒がサイダー?
シードル、サイダー――曖昧な呼称
イギリスではサイダーといえばシードルが出てくる。しかしアメリカではサイダーと言ったらシードルを指す事もあるけども、どちらかと言えば林檎を用いたジュースを指す場合の方が多い。
これは、アメリカでアルコール飲料としてのサイダーが定着した後にやってきた禁酒の時代に関係する。この時にジュースもサイダーと呼ばれ出してしまったらしい。
イギリス、オーストラリア等ではサイダーは林檎酒であるが、アメリカではサイダーは林檎のジュースなのである。
アメリカでアルコール飲料を指す言葉として「ハード」がある。ハードサイダーといえば確実に誤解無くシードルが出てくる。この「ハード」はソフトドリンクの反対の意味で用いられる。
さて、一方日本ではサイダーは甘くておいしい炭酸飲料である。そういう点では一見アメリカのスタイルに似る。が、日本のサイダーは果実を用いない。
果実を用いない日本のサイダーは、英語圏ではレモネードと呼ぶ。これはノンアルコールの甘い炭酸飲料を指す。スプライトやセブンアップもこれに当たる。
ちなみにレモネードが訛ってラムネとなって日本に伝わっている。ネイティブの発音だと「ラマネィド」って聞こえるもんね。つまり日本のサイダーとラムネは本質的には違いが無く、同じものを指すことになる。
シードルの奥深さ
シードルはワインと比べれば知名度こそ劣るが、同等の奥深さがある。
林檎の品種によって、もちろん差が生まれる。何と何をブレンドするのかも重要で、3種類の品種を混ぜるのもザラ。中には5種類、6種類と複雑なブレンドを行ったシードルも存在する。
逆に単一の林檎の銘柄のみで製造したシードルもある。単一品種での製造は細やかな品質が要求される。
果汁を絞るのも色々な手法があるし、発酵にも色々な手法が存在する。
糖分がアルコールに変わるので、浅く発酵させれば甘めで度数低めになるし、じっくり発酵させれば辛口で度数高めになる傾向がある。
ワインと一緒で、果実を用いているからと言って甘いとは限らない。
林檎の王様、サンふじ
林檎の王様といえば"ふじ"。糖度も高く、林檎らしい味わいが楽しめる、まさに林檎・オブ・ザ・林檎。
そんな"ふじ"の中でも"サンふじ"を使用している。
"サンふじ"と"ふじ"
"サンふじ"と"ふじ"は同じ品種である。この2つは栽培方法が異なる。
袋をかけて栽培するのが"ふじ"、袋をかけないで太陽光を直に浴びせるのが"サンふじ"となる。
袋をかければ害虫・病気予防となり、見た目も良くなる。いわば箱入り娘のような感じだ(袋入り娘だけど)。だが、どうしても甘味は少なめになる。
対して、太陽光をたっぷり当てて育てる事で甘味や味わいはぐんと増す。見た目はやや悪くなるけども、林檎らしい味わいを求めるならば無袋栽培に軍配が上がる。
"王様"のシードル
そんな林檎の王様、サンふじを100%使ったシードルが「王様のシードル」だ。
田舎方式(アンセストラル)と呼ばれる製法を用いていて、2次発酵は行わない。発酵の際のガスをそのまま活かしてスパークリングにし、糖分や保存料などの添加物は一切不使用。
こだわりがすごい。
たてしなップルワイナリー
この王様のシードルを手掛けるのは、「合同会社たてしなップルワイナリー」という何ともふざけたユーモラスな社名の会社。
町名でもある立科(たてしな)とアップルを掛け合わせたネーミングであろう。
長野県にあり、自社農園で採れた完熟のサンふじを使用している。
会社としてはまだまだフレッシュで、前身の林檎農家を母体として2004年に設立されたばかり。
林檎を活かした製品を手掛けているが、当時からシードルの販売を行っていた。
林檎栽培に適している長野県ではシードルの開発が盛んであり、こちらのたてしなップルワイナリー以外にもシードルを手掛ける会社は複数存在する。
スペック
長野県立科町産の林檎、サンふじを100%使用。
度数は10%。
ワインに近いが、日本の酒税法の分類上は果実酒か発泡性酒類となる。
飲んでみる
中身は黄金色でゴージャスな雰囲気を醸す。
微発泡で、既に林檎の豊満な香りが漂う。
林檎の香りだが、林檎そのものとは少し違う。これは「ワインの香りからぶどうを感じるが、果実の香りとは異なる」という感覚に似ている。
飲んでみると、香りや見た目に反して辛口。
甘味を感じはするが、決してスイートなお酒ではない。
どっしりとした安定感のある味わいで、味がふわふわしていない。林檎の濃さを感じる。
どことなく穀物感もある。酵母の味わいだろうか。
小動物の匂いというか、穀物臭というか、太陽に当てた布団の香りというか。
原材料に穀物は使っていないので、おそらく酵母によるものだと思われる。
これのおかげ(せい?)で、若干ビールっぽさを感じる。スパークリングワインでも辛口だとビールっぽさを感じるものがあるが、まさにその感覚である。
林檎の味がするため個性のあるお酒だが、意外と料理にもすんなりと合わせやすそうだ。
イタリアンやフレンチは言うまでも無し。ちょっとジャンキーなファストフード――例えばハンバーガー、フライドチキン、ピザなんかと合わせても良いかも。
シードルとファストフードで巣ごもり映画鑑賞、なんていうのも悪くない。
日本ではまだまだ認知度の高くないシードル。ブランデーなんかよりも全然認知度は低く、シェリー酒あたりと同じくらいの知名度しか無いと思っている。
しかし日本には良質の林檎がある。長野ではシードルをプッシュしているし、もしかするとこれからグンと認知度が上がってくるかも。
ハイボールだって今でこそ何処でも飲めるけども、かつてはただのウイスキーの飲み方のひとつに過ぎなかった。ウイスキーを飲む人口数から考えても、確実に元々マイナーな飲み方だったと考えられる。
今では「最初の一杯目からハイボール」という人も珍しくはない。同様に、もしかすると日本でもそのうち「最初の一杯目からシードル」という人も出てくるかもしれない。
アサヒやサントリーなんかの大手企業が外食産業のチェーン店に持ち込めばヒットすると思うんだけどな。どうでしょう?