長い長い。さすがに30文字は長い。ほぼ短歌じゃん。
どうせ略は「麦物語」でしょう。と思ったら公式は「麦夢」らしい。
ちなみに麦焼酎以外にもこのシリーズはあり、「酒米の王様に恋した僕の物語を知ったら、君は何を想うだろうか。」という日本酒と、「幻の酒米を復活させた僕の物語を知ったら、君は何を想うだろうか。」という日本酒がある。
これらをまとめて「キミオモ」シリーズと呼んでいるらしい。うすら寒い。
"おもう"が「思う」じゃなくて「想う」なのがもう爆発している。何がとは言わないけど、爆発している。
しかしインパクトや印象に残るネーミングとしては的を射ていると思う。
ほら、こうして記事の枕にも出来たし。
「理想の麦焼酎を夢見た私の物語を知ったら、君は何を想うだろうか」について
こんな大風呂敷を広げたような銘柄にしておいて意外と中身が伴わない、というのはままある話。
ハードルが高くなってしまった分、超えるのが難しくなるのだ。
そんな誤解を解くため、まずは「どういうバックグラウンドなのか」という話を紹介しないと何とも始まらない。
開発の裏側
ボトルラベルにはつらつらと開発秘話のような記述がある。
福岡県久留米市田主丸町の蒸留所。今から40年以上前、ブランデーやウィスキーのように薫り高く美味しい日本の焼酎を造りたいと夢見た1人の女性醸造家がいました。
通常、焼酎は主原料の持ち味を最大限に引き出す「焼酎酵母」の力を使い、仕込みをおこないます。しかし、常識にとらわれず、自由で豊かな発想を持ち酒造りを行うことが彼女のモットー。その精神を引き継いだ現在の醸造家たちは、考えました。他のお酒で使用する酵母を使用し焼酎造りをしたら一体どんな焼酎になるんだろう…?かくして研究はスタートします。
果実のように甘い香りを前面に引き出してくれることからワイン酵母『FUSION』に目をつけ、その特性を利用し麦の香りを更に華やかな香りに変え、全面に香りが出てくるお酒になるように低温にてゆっくりと発酵させました。蒸留仕立てのワイン酵母焼酎派、既に華やかな香りを放つお酒になっていましたが、更に味に円みを持たせるために温度変化が少なく味の安定したお酒ができるグラスライニングタンクで3年間貯蔵熟成させました。
眠りから目覚めた焼酎は、想定以上の華やかな香りと柔らかい味わいを纏うお酒になりました。
――とのこと。
つまり、普通の酵母を使わずにワインで用いられる酵母を使った麦焼酎、ということだ。
酒蔵「紅乙女酒造」と創業者「林田春野」
このストーリーで語られる女性の酒蔵は紅乙女酒造という。酒造の町、福岡県久留米市田主丸町に構える。フィクションでは無く、実在するのだ。
世界で初めて「ゴマ」を原料とした焼酎を造り有名になった酒蔵である。
もちろん女性も実在する。紅乙女酒造の創業者である林田春野氏である。
田主丸で元禄時代から続く日本酒酒造場の十二代目当主の元へと嫁いだ春野氏は、1950年代に当主が病で倒れた時に一念発起。「これからは焼酎の時代が来る」と確信し、会社を立ち上げて焼酎造りを始める。これが後の紅乙女酒造である。春野氏、なんと65歳にして創業である。
当時、日本酒に比べて焼酎は廉価な安酒に過ぎなかった。それゆえ、歴史ある日本酒の酒蔵を持つ当主は、焼酎を造りたい春野氏の考えに反対する。
そして案の定、焼酎の売り上げは決して好調とは言えなかった。時期的にウィスキーやブランデー等の洋酒が人気を博していた事もあり、焼酎は好まれなかった。
春野氏は様々な試みを行う。
当時としては珍しかった、焼酎の長期貯蔵を行った。洋酒の貯蔵を真似たのである。
様々な原料で試しては失敗し続けたが、ある時ゴマを用いた焼酎を造ったところ、奇跡が起こった。
洋酒のような香り高い焼酎が出来上がったのだった。
ゴマを用いた焼酎は今でも紅乙女酒造の看板となっている。
そして1979年頃には「いいちこ」「二階堂」等の麦焼酎がブームの火付け役となり、焼酎にスポットライトが当たった。
この流れに乗って、現在に至る。
洋酒のような焼酎を
春野氏は洋酒のような焼酎を造りたかった。
当時市場を席巻していたウイスキーやブランデーのような華やかで香り高い焼酎を――そんな思いは引き継がれ、今も紅乙女酒造に残っている。
そして、物語は続く。
「洋酒で用いる酵母を焼酎に使ったらどうなるのか」という挑戦である。
注目されたのはワイン酵母「Fusion」だった。
ワインの酵母にも様々な種類があり、それぞれ毎に特徴がある。生成される香りのカテゴリーも変わる。
Fusionは重厚で複雑な香りを醸す酵母だ。赤ワインでも白ワインでも使用される。
そんな酵母と米を合わせて麹を作る。そこから主原料である麦と合わせて麦焼酎を造るのだ。
かくして完成したのが「理想の麦焼酎を夢見た私の物語を知ったら、君は何を想うだろうか。」である。
スペック
「理想の麦焼酎を夢見た私の物語を知ったら、君は何を想うだろうか。」は本格麦焼酎。
度数は25%で標準的。
主原料は麦、米麹を用いている。
飲んでみる
ボトルに鼻を近づけて驚いた。
麦焼酎とは思えない芳しい香りが漂う。
僕は南九州出身者なので、焼酎は芋一択。香りも豊かで複雑、銘柄ごとの違いも明確で楽しみやすい。
それに比べて麦焼酎は香りも弱く、個性も弱い。自分で麦焼酎を選ぶ事は滅多に無かった。敢えて言うならば、どうしても芋焼酎が無い時くらいだろうか。
大方バレていると思うので包み隠さずに言うと、芋焼酎に比べて麦焼酎を下に見ていた。
しかし、香りを嗅いで「これは先入観で麦焼酎を片付けてはいけないな」と考え直す。
穀物の香りの奥に、フルーティーな香りが漂う。焼酎の香りの範疇ではあるんだけど、凄く広がる香りがする。
ロックでいただく事にする。
口に含むとシルキーで心地良い。
丸みがあり、スパイキーではない穏やかな味わいだ。
一見すると奇を衒ったようなイロモノと思われるかもしれないが、焼酎としての味わいはとても丁寧で美味。
酵母由来であろうフルーティーさもしっかりと口に残る。
林檎やメロンを思わせる爽やかさ、バナナや桃のようなジューシーさが印象的。
これが綺麗にまとまっていて、とても上品な印象を受ける。このバランス感、すごい。
飲む前から余韻まで、情景がどんどん進んでいく。肴が要らないんじゃないかな、ってくらい。敢えて合わせるならシンプルな焼き魚で。
もしくは、これらの開発物語を肴にする、ってのもオツかもしれない。