ねこらぼ( 'ω')

名古屋でこそこそと活動っぽいことをしている橋本ねこのブログ( 'ω')

結局オススメは何なのか?が曖昧になる危うさ


少し前にスターバックスで「春空ミルクコーヒーフラペチーノ」なるメニューが発売された。

 

反響を呼んだ新作、春空ミルクコーヒーフラペチーノ

春空ミルクコーヒーフラペチーノ。スタバ初の試みとしてドリンクの中にストロベリーボールを入れた、画期的で春らしい色合いのドリンクだ。
そのまま飲めばミルクコーヒー、ストロベリーボールをストローで割れば中からストロベリーソースが出てきて味変、という画期的な新作フラペチーノである。

こういうのってなんだか楽しそうで、つい釣られてしまう。
実際、販売開始するやいなやインフルエンサーやら意識だけは高い方々に取り上げられ、凄まじく話題に。

まぁ想定と違う方向でも話題になったが。そもそも紙ストローでストロベリーボールが割れない、とか。力業でストロベリーボールを破砕した代償にカップがひしゃげている写真も散見されて、オシャレとは相反するビジュアルにフフっとしたものだ。

 

と書いたが、実は今回触れたいのは「ストロベリーボール、割りづらいね、失敗だね、ははは」って話ではない。

「どう楽しむか」を選べる自由

このストロベリーボールは好きなタイミングで割る事で好きなタイミングで味変を行える、というものだ。
つまり、タイミングは自分次第。そもそも割らずに最後まで飲む選択肢だってある。(じゃあ普通のフラペチーノにしろよ)

逆に最初から割ってしまっていきなりストロベリーフラペチーノにしても良い。

 

そういえば先日、時期同じくしてココイチも自由にほぐせるキーマカレーを出していた。

blog.neko-labo.work

多様性の時代。味変だって多様性。
人によって楽しむタイミングはそれぞれ。まぁそうよね、人によって味の好みも全然違うし。

 

それで良いのか

「途中で味変出来るアイテム」が与えられている場合、多くの人はどうせ「途中で使う」だろう。
どうせ半分食べ進めたところで後半戦に向けて使う。そうだろう?

 

だったら、ハーフ&ハーフで良くないか?と思うのだ。
ココイチならキーマカレーと普通のカレーが半分ずつ盛り付けられている、スタバならミニサイズのフラペチーノとストロベリーフラペチーノの飲み比べでも良い。
「途中で"自分で"味変を行う」という能動性は失われるが、その代わり「途中で元の味に戻ってくることが出来る」という可逆性が生まれる。
そして、望むなら少しずつ両者を混ぜたミックス状態を楽しむことも出来る。この方がカスタム性は高いのではないか。

 

途中で味変出来るアイテムの問題点は、今も触れた「不可逆性」が一つ目。
一度割ったストロベリーボールは元には戻せない。つまり元の味に戻すことが出来ない。

もう一つの問題点は、その味変アイテムを使わずに最後まで食べきってしまった場合に、そのアイテムだけが取り残されてしまうという点だ。
しかも、こういった味変アイテムは往々にして単体で食べるとなんかおいしくない。混ぜられることを想定された味付けなのだ。

これらの問題点により、大体の人が無難に半分くらいで使う。それが一番事故が少ないからだ。
そして、それなら別にハーフ&ハーフで良いじゃんと思うのだ。

そして、更に言うならば「味変のタイミングを中間以外にして楽しむ」というのは、基本的には2回目以降の楽しみ方だ。なかなか初回でやれるものではない。

 

楽しみ方を誤魔化すな

個人的には、楽しみ方を個人に委ね過ぎているように思う。
お店はもっとこう、強制してしまって良い。「これはこの味で楽しめ、これが一番ウマい」と押し付けてほしい。
変にカスタム性・アソビを持たせて逃げないでほしい。もっと自信を持って、「これを食べろ!」「これを飲め!」それで良いじゃない。

 

というかそもそもスタバにもココイチにもトッピングが存在するので、純粋に「味変アイテムを崩していく楽しみ」のみを追求しているものだと思うが、それってそんなに楽しいかなぁと疑問は拭えない。
スタバは何を発売しても脊髄反射で飛びつく奴ら上得意様がいるので、「試してみたい」「気になる」という層を確保できたと思われるが、それはスタバの元々の性質とか顧客層のおかげだと思っている。

この味変タイミングを委ねるタイプの商品、危うさを感じるなぁ。

 

ちょっと毛色が違うが、ラーメン屋でも麺の硬さや味の濃さを選べるところが存在する。

が、一番おいしいのは「すべて普通」にしたときのはずなのだ。それがその店のベストコンディションを発揮できる、もしくは発揮している状態なはずなのだ。
それをわざわざ崩して本来の意図と変えたものが好みだとしたら、それってちょっとズレているのかもしれない。

普通がベスト。そしてお店は普通を推し、自信を持って「こう食べろ」「これを食べろ」と押し付けてほしい。

その責任をお客に投げて曖昧にしてはいけない。あまりにお客に投げすぎてしまうと、そのお店の芯が無くなってしまうような危うさを感じるのだ。