すっかり寒くなり、おでんのおいしい季節になった。
昭和の世界ではおでんの屋台もあったとか。今では絶滅危惧種であり僕は実際にお目にかかれたことは無いが、どこかには存在するのだろう。
おでんの屋台がどうして消えたかと言えば、外せないのが「コンビニの台頭」。
諸々の風物詩や数多の飲食ヒストリーにおいて、コンビニの出現~台頭は非常に大きな爪痕を残した。便利で手軽なコンビニに負ける形で消えていった零細小売店・零細飲食店は数知れず。まぁその話は置いといて。
さて、そんな破壊と再生を司るコンビニエンスストアにて、おでんを買う。
出来上がったホカホカのおでんを見ながら「アッ…あのッ…これ…これも…」とちいかわのように指を差していくだけで終わり。わァッ、おでんだァ…!
おでんには燗酒を合わせたい。
おでんにビールも良い、普通にレモンサワーやなんか適当な缶酎ハイを合わせるのもまた良い。
だが、せっかく燗酒の旨い時期。キュッと日本酒を嗜むのもまた良い。
燗酒
燗酒は日本酒に"燗をつけた"ものだ。日本酒を温めることを燗をつけると言ったりする。
つまり燗酒は温めた日本酒のこと。熱燗とかぬる燗とかは聞いたことがあるかもしれない。
日本酒は世界的に見ても珍しい、様々な温度帯を楽しむお酒だ。
温度を変えて楽しむのはせいぜいホットワインかナイトキャップ*1くらいで、日本酒ほど細かな温度帯では楽しまない。
日本酒の温度
常温
まずは通常の温度、つまり常温から見ていく。
ワインの常温はヨーロッパに倣い15℃くらいとされているが、日本酒の常温は20℃くらいである。
とはいえ、本当に文字通り外に出しっぱなしだと温度変化の影響を日々受けてしまうため、なるべく冷暗所の温度変化の少ない所で保管するのが良い。
ワインほどではないが、日本酒もデリケートなお酒である。
冷酒
常温よりも冷やすと「冷や」「冷酒」となる。
5℃は雪冷え、雪のように冷たい。
10℃は花冷え、花咲く時期の寒の戻りのような温度。
15℃は涼冷え、涼しいと感じる温度くらい。
なお、0℃はみぞれ酒と呼ぶ。これはシャーベットのように凍り出すから。
アルコールは0℃では凍らないため、氷ほど綺麗には凍らない。そのため、みぞれのような風合いとなる。
燗酒
常温よりも温めれば「燗酒」となる。
30℃は日向燗、ひだまりのようなポカポカ感。
35℃は人肌燗、ちょうど体温くらいの温度。
40℃はぬる燗、お風呂くらいの温度。
45℃は上燗、触ると「熱い」と感じる。
50℃は熱燗、猫舌には厳しい温度。
それ以上にすると飛びきり燗と呼んだりもする。
…というように、5℃刻みで名前が付けられるほどに色々な温度帯で楽しんでいる。
特に30℃~40℃程度のぬるい温度で楽しむ酒は世界でも稀。いや、もしかしたら広い世界には同様の酒があるのかもしれないが。
なお、どのお酒、飲み物でもそうだが、温度が低いと香りは閉じこもり硬い感じになる。癖のある酒でも冷やす事で飲みやすくなることもある。
逆に温度が高くなると香りが開き、複雑な味わいになる。アルコール分も放たれるため、飲みにくくなる酒もある。
燗をつける
それでは日本酒を温める。
大吟醸 官兵衛
今回飲む日本酒は「大吟醸 官兵衛」。
名城酒造の日本酒。まろやかで飲みやすい。
吟醸香は大吟醸酒の割にはそこまで華やか過ぎず、どんな料理とも合わせやすい。
大吟醸に燗をつけると言うだけで一部の博識で熱意のある日本酒愛好家から愛の鞭を与えられそうだが、私は敢えて大吟醸酒に燗をつける。
「吟醸酒・大吟醸酒=冷やで飲むもの」がセオリーなんだけど、一回燗を付けて飲んでみて、その上で判断した方が良い。それならば聞き入れる。
まぁストレートがオススメのウイスキーをハイボールにする事だってあるし、知ったような口を利きながらミルクティーで楽しむべき茶葉の紅茶をストレートで飲んで「この渋みは通向けで…」とか宣うだろう?同じことだ。
決して官兵衛(かんべえ)だから燗を付けるわけではない。
吟醸酒と燗
一般的に吟醸酒は複雑でフルーティー、繊細な味わいを持っている。
これは冷やしてゆったり楽しむのが良いとされており、燗酒にすると開き過ぎたり繊細な味わいのバランスが崩れると言われている。
また、冷やでも十分香りのポテンシャルを発揮している重厚なタイプは温度を高めるとケバケバしくなりすぎる事もある。
この辺が留意事項。これらを以て、「吟醸酒は冷や」というセオリーが存在する。なので反射的に「吟醸酒は燗酒にしない」という意見を持つ人が多い。
官兵衛を冷やで
ちなみにこの官兵衛、冷やの状態だと米の香りとアルコールの香りが同居した爽やかな味わいである。
ラベルには淡麗辛口と書いてあるが、ピンと張り詰めた超辛口という感じでもキリっとした辛口という感じでもなく、キラリとした中辛口くらいに感じた。
味も淡泊過ぎずに十分においしい。
燗にしても良さそうな風合いを感じる。
燗にしたらダメそうな日本酒は、冷やを飲むとだいたい分かる。ラベルや分類だけでは測り切れないが、飲めば分かる。
ただ、「燗にしたら絶対にダメ」という日本酒は無いので、ホットドリンクを作るくらいの感覚で色々と燗をつけてみると新たな発見もあると思う。
燗のつけ方
燗をつけ方として電子レンジで加熱しても良い。だが電子レンジの特性上、温度が急激に高くなるため、日本酒に拘る方々からは非推奨だ。
個人的にはお手軽に燗酒を楽しみたい場合は全然電子レンジで良いと思う。そうやって入門口を狭めるのは良い傾向とは言えない。ただし、味わいは明らかに変わる。
今回はよく行われている方法で燗を付けていく。
手頃なサイズの鍋に湯を沸かし、そこに日本酒を入れた徳利を付けて温める。湯煎というわけだ。
一度湯を沸かし、沸騰させたら火を止める。
その後徳利を入れて温めていく。ぬる燗狙いならもう火は切ったままで。もっと温めていくなら弱火くらいでじわじわ温める。
ボコボコ沸騰させると徳利が暴れて危ないので注意。温度調整もしづらくなる。
徳利にラップをすると香りやアルコールが飛ばない。
ただし、どうにも熱燗にするとクセが出て苦手だと感じる人は敢えてラップをせずに、少し香りやアルコール分を飛ばしてしまうのも良い。
今回は温度計を用いているが、徐々に徳利の中の日本酒が持ち上がってきて水面が上昇するのが分かると思う。
こうなってきたら頃合い。40℃~45℃くらいに仕上がっている。
どうせチビチビと飲むのだから、狙っている温度よりも少し高めにつけて温度変化を楽しむのもまたオツだ。
オススメは50℃かそれ以上。燗酒から米らしい風味が立ち昇る。
おでんと熱燗
いよいよおでんと熱燗を楽しめる年齢になってきたなと感じる。
大人には大人の楽しみ方がある。
小さい子供の頃はあんまりおでんそのものも好きでは無かったのだが、大きい子供になってからはおでんそのものもだんだん楽しめるようになってきたし、こうして晩酌をキメるようになってしまった。
おでんの具材はシンプルにした。
玉子だけは昔から大好きだった。半熟とかよりも煮過ぎだろってくらいポソポソになった黄身の方が趣きがあって良い。
練り物も昔から好きだった。ちくわ、はんぺんなどなど。
こんにゃくは正直どっちでも良い存在だが、おでんに入っているとそれっぽい。
それっぽいと言えばがんももそう。雁の肉を模した「雁擬き(がんもどき)」から来ているとか。古の代替ミートだ。
大根はねぇ…昔は本当に嫌いだった。クタクタに芯が無くなるくらい煮込まれたものを食べて、やっと楽しみ方が分かってきたような気がする。
からしをピリッと効かせるのも良い。
名古屋人に毒されてしまったので、味噌の小袋をおでん出汁に溶かして味噌おでんにしてしまう。
若かりし頃に東京でおでんを買ったときに「味噌ってありますか?」と聞いたら小ばかにしたような顔をしてきたあのコンビニ店員は未だに覚えている。もう余裕で10年以上前の話だ。
燗酒を飲むと、まるで温泉にでも浸かったかのように全身が温かさに包まれる。
冬は温かい料理に温かい燗酒がおいしい季節。いつもの日本酒をぜひ熱燗で。
*1:いわゆる「寝酒」のことで、ホットにするカクテルのレシピもある