"江戸前"っていうとどんなイメージがありますかね?
「しきたりが色々ある」「独特な独自のルールがある」「なんだか面倒くさそう」とか、とりあえず取っ付きづらそうなイメージは少なからずあるのかもしれない。
敵をよく知らない事に対する恐怖、つまり知らないが故の先入観も少なからずあるとは思うので、江戸前とは何なのか…あたりからいきます。先に結論を言ってしまうと、最終的にはお寿司の飯テロへ漕ぎ着けます。
江戸の料理と言えば…
江戸の料理といえば、蕎麦と寿司は外せない。
うなぎと牛すきも江戸らしさがある。ただしこれは上方(京都/関西)と江戸で味付けが分かれるし、どっちが元祖かを語るのは無粋。
上方料理
江戸と比較される上方。上(かみ)とは皇居の方角を指す。江戸時代は京都に皇族が居たのでこちらが上方。
上方は今でこそ京料理のイメージだけど、「くいだおれ」のハシリともなった。なんせ当時の都。全国の旨いものが集まる。
ちなみにお好み焼きやたこ焼き等は意外と最近の話。上方料理について語るときにはこれらは含まない。
江戸のバックグラウンド
江戸の武士たちには"粋"という文化があった。これまた感覚的なものだけど、ある種のプライドとか矜持のようなもので。
例えば、「長々と居座らずにサッと腹を満たす」事が粋だったり。はたまた「食の高級感を追い求めていくのは無粋」だったり。
そういう背景もあり、サッと食べれるようなファストフードのような料理が流行る事となる。そして需要も高まる。
屋台でサクッと食べるのが、アーバン(都会的)だったのです。
屋台での天ぷら、おでん、寿司、そば…この辺を立ち食いなりでやって、サッと帰る。これがイナセってもんよ、てやんでい。
"江戸前の鮨"とは
翻って、現在に残る江戸前寿司の定義とは何なのか。普通の寿司とは何が違うのか。
①"仕事"がされている
江戸前の寿司には"仕事"と呼ばれる下処理や味付けがされている。これが一番大きな違い。
昔は冷蔵庫なんてものは無い。今でこそマグロは江戸前寿司の花だけど、昔は保存が利かないやっかいな魚だったそうで。意外とトロがありがたがられる歴史も浅いようだ。
だから、保存のために酢締め・昆布締めにしたり、漬けにしたり、焼いたり煮たりと色々と施す。それが現在では江戸前寿司の特徴となっている。
②こちらは口に入れるだけ
味付けなんかも良い塩梅でされた状態で「ヘイお待ち」と出てくる寿司をそのままポイと口へ放り込む。せっかちな江戸っ子にこれがヒット。需要と供給のマリアージュ。
ムラサキ(醤油)もナミダ(わさび)も良い塩梅で入っている。まさに「これがベストなんだからこれで食え」と言われているようなもの。そのベストを出来立てのまま素早くいただくだけ。何も考えなくていい。「醤油に浸けるときは箸を持った手の手首を返して寿司を持って、そのままひねってネタを下にして醤油を付けて…」とか考えない。手で取ってパクっと。これでいい。
③白身は少なめ
白身魚は多くない。最近は扱っているが、江戸前寿司といえば、やはりマグロと光物。
これだけ流通も保存技術も発達した現在でも、鯛を筆頭とした白身魚は関西の寿司屋の方が上質だったりする。
…といった具合。
あと、何とはなしに江戸前は"寿司"よりも"鮨"の字を使うことが多いような気がする。
食べに行く
江戸前寿司は江戸っ子庶民のファストフード。肩肘張って食べる高級料理じゃないんだし、しきたりなんて無い。べらんめぇ!
先述の通り、基本的には口に放り込むだけである。
イクラの軍艦に醤油を付けたいとき、ガリに醤油を含ませてイクラになでつける…みたいなめんどっちい作法は無い。
強いて言うならば、出来立てをさっさと頂く。これに尽きる。
今回は新栄の人気店「鮨屋 とんぼ」が伏見に出した2号店へとお邪魔。
1号店、2号店ともにしっかりと江戸前寿司のお店だ。
店内はカウンターのみ。
ネタのケースを見ながらふむふむと見定めるもよし。いつもの好きなネタを頼むもよし。よく分からなければ店員に聞けばよし。何も難しい話ではない。
早速頼んでいこう。
コハダ
江戸前といったらコハダよ、コハダ。という頭の中の江戸っ子が囁く。
コハダってね、ただの光物かと思いきや難しい魚なんですよ。
詳しい説明は割愛しますが、まずはウロコが引きづらい。その後は開いて中骨を取ったりして、〆の工程へ。
塩締めと酢締めをするのだけども、これは職人の勘と経験による作業。漬け過ぎると色落ちしたり身が崩れたり。特にコハダは光物の代表みたいなもの。この輝きを失わずに締めねばなりません。水分も飛び過ぎるとパサつくし、その見極めは季節によっても変わってきます。
というわけで、職人の勘、経験、センスが問われるのです。そしてこの見た目。もうなんていうか洋菓子でいうならマカロンみたいなもん。
赤酢を使ったシャリとよく合う。
マグロ
江戸前といえばマグロ、と言いたくなるのは分かる。異論は認める。
前述の通りマグロが食べられるようになった歴史は意外にも浅い。それこそ北陸のノドグロだって今でこそ高級魚として珍重されるが昔はハズレの魚だった。
こちらはヅケになっていた。良い色ツヤ。マグロの綺麗な赤色はやはり食欲を刺激する。見た目の美しさも最高。
アナゴ
アナゴこそ江戸前を語る上で外せない。
ふっくらと煮たあとにツメ(煮詰め)を塗る。
ツメはお店ごとに個性が出る。煮汁に砂糖や醤油等を加えて煮詰めたものがツメの定義。
アナゴを炊いた煮汁をそのまま流用してツメにすることが多いが、手間暇がかかる。
アナゴに限らないが、江戸前寿司は事前の仕事が多い。つまり仕込みの手間がべらぼうに多いのだ。モノによっては数日を要する事も。
このアナゴとツメのマリアージュが最高なんだよね。アナゴの味わいの奥行きを出してくれる感じ。立体的な味になるというか。
"握られた寿司"はまた一味違う
僕は回転寿司も好きだ。
このネタがこの価格…と驚く事もある。
しかし、回転寿司とこういった寿司屋では大きな違いがある。
それは握られているか、否かである。
回転寿司は、誤解を恐れずに言うと、"酢飯の上に切り身が乗った料理"なのである。
対して、酢飯とネタをキュッと握った寿司は馴染みや一体感が違う。しっかりと調和の取れた料理なのである。
ネタによって、例えば貝だとシャリを少なめ…といった感じで調整することもある。寿司屋によっては出すネタのタイミングによってシャリやネタのサイズを変える事だってあるはず。マグロが薄めでは味気ないし、かといってアジが大ぶりならば冗長でしょう。
回転寿司と比較してしまうと、寿司と回転寿司は全く別物である事が分かる。
ただし、単純に回転寿司が寿司の下位互換というわけではない。独立した別の料理だと捉えている。料理ジャンルが同じなだけ。
寿司は一貫の宝石、って誰かが言っていた気がする。
そんな見た目にも楽しい寿司を、ぜひ肩肘張らずに頬張ってみてほしい。
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